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横浜地方裁判所 昭和33年(モ)1320号 判決

申立人(債務者) 株式会社ライトインキ

被申立人(債権者) ライトインキ株式会社

主文

被申立人と申立人間の昭和三二年(ヨ)第六〇六号商標使用禁止仮処分申請事件につき、当裁判所が昭和三十二年十月二十二日なした仮処分決定は、別紙目録記載の標章に関する限り、これを取消す。

訴訟費用は被申立人の負担とする。

この判決は、第一項に限り、仮にこれを執行することができる。

事実

申立人代理人は主文第一項同旨の判決を求め、その理由として、

一、被申立人は、申立人を相手方とし、申立人が被申立人の権利に属する別紙目録記載の本件商標及びその他の商標を不法不当に使用していると主張し、これが使用禁止の仮処分を当裁判所に申請し、当裁判所は、右申請にもとずき、昭和三二年(ヨ)第六〇六号事件として、昭年三十二年十月二十二日、被申立人に金二十五万円の保証を立てさせて、申立人は別紙目録記載の本件標章及びその他の標章を使用し又はこれを使用した商品を販売してはならないとの仮処分決定をなした。

二、しかし、申立人は、これよりさき、被申立人を相手方として東京地方裁判所に対し本件標章使用禁止仮処分の申請をなし、同裁判所は昭和三二年(ヨ)第一、八九三号事件として口頭弁論を開いて審理したうえ、昭和三十三年六月十日、次のような判決主文を言渡した。

一、債権者(申立人)が金五十万円の保証を立てることを条件として、次のように定める。

(一)  債務者(被申立人)は本件標章を使用してはならない。

(二)  右標章を附したインキ、インキ消及び糊に対する債務者(被申立人)の占有を解き、債権者(申立人)の委任する大阪地方裁判所執行吏に保管を命ずる。ただし、執行吏は、債務者(被申立人)の申出があるときは、右標章の抹消を許したうえ、右製品の保管を解かなければならない。

二、訴訟費用は、債務者(被申立人)の負担とする。

三、右判決は慎重審理の結果、別紙目録記載の本件商標権が被申立人の権利に属しないことを判断の根拠としたものである。すなわち、右判決は被申立人の申請にかかる本件仮処分決定の被保全権利である被申立人の商標権の存在を否定し、申立人に本件商標権が属することを認定したものである。従つて、右の判決を受けたことにより、本件仮処分決定を受けた当時とは著しく事情が変更した。

よつて、本件仮処分決定の取消を求めるため、本件申立に及んだ。

と述べ、被申立人の答弁に対し、被申立人が前記仮処分判決に対し控訴し、目下控訴審である東京高等裁判所において、被申立人主張の如き事件として係属中であることはこれを認めると述べ、

疎明として甲第一号証を提出した。

被申立人代理人は、申立人の本件申立を却下する。訴訟費用は申立人の負担とする旨の判決を求め、答弁として、

申立人主張事実中一及び二の事実はこれを認める。三の事実はこれを否認する。申立人主張の仮処分判決は、篠崎インキ製造株式会社(以下篠崎インキという。)から被申立人に対する本件商標権の譲渡につき、同会社の株主総会の決議がないから無効で、被申立人は本件商標権を取得しないと判断したが、右認定は甚だしい誤認である。すなわち、右判決は、篠崎インキが本件商標権をその従業員等に譲渡し、更に被申立人がこれら従業員からこれを譲り受け、唯登録手続について中間を省略して篠崎インキから直接移転登録を受けたとの被申立人の主張事実を認めながら、前記の如き判断をしたものであるが、先ず篠崎インキと従業員等間の商標権譲渡につき審理したうえでなければ、前記の如き認定をなし得ない筋合である。なお、同判決はその他の争点についても誤認を犯している。殊に仮処分事件は弁論を開いたと否とにかかわらず、当事者の立証は疎明の程度で仮処分の必要の有無を判定すべく、権利の存否について決定的認定をなすべきではない。しかるに、前記判決は僅かの疎明で権利の有無を判断し、本案判決と同様な認定をしたのであるから、違法な判決である。被申立人は右判決に対し直ちに控訴し、目下控訴審である東京高等裁判所において、昭和三三年(ネ)第一、二六二号事件として審理中であるから、右判決は確定力を有しない。仮処分の本案裁判所が仮処分債権者敗訴の本案判決を言渡した場合、又は該判決が確定した場合においては、仮処分の理由消滅若しくは事情の変更といい得るけれども、単に本案訴訟に関連する事件において、他の裁判所が当該仮処分と相反する認定をなした事実を以て当該仮処分の理由消滅若しくは事情の変更となすことは失当である。

と述べ、

疎甲第一号証の成立を認めた。

理由

申立人主張の一及び二の事実は当事者間に争いがない。

成立に争いのない疎甲第一号証によれば、申立人主張の仮処分判決は慎重審理を尽くした結果、本件商標権は申立人が篠崎インキからその他の商標権及び営業と共に譲り受け、右営業の譲渡については、これが篠崎インキの営業の主要な部分であるとして篠崎インキの取締役会の決議及び臨時株主総会における特別決議を経たこと、他方これよりさき、篠崎インキは従業員等に対する未払給料その他の債務を残して倒産のやむなきに至り、その従業員等は自己の生活の危機を救うため、当時関西方面においてライトインキの販売権を持つ被申立人と雇傭契約を締結し、篠崎インキの代表取続役であつた田辺信一から前記給料債権等の代物弁済として本件商標権を譲り受けたうえ、これを更に被申立人に譲渡し、その登録手続は三者協議のうえ中間省略の方法により篠崎インキから被申立人に直接登録することとして右登録手続を完了したことを一応認定したうえ、被申立人は本件商標権を譲り受けるにあたり、篠崎インキには本件商標権に附随する営業が存在していたのにかかわらず、営業と共に譲り受けなかつたものであるから、本件商標権の取得は商標法第十二条により無効であるのみならず、営業と共に譲り受けたとしても、本件商標に伴う篠崎インキの営業は全営業の少くとも九十%を占めるものであるから、その譲渡について商法第二百四十五条の規定により株主総会の特別決議を経ることを要するのに、その手続を経なかつたため、営業譲渡契約は無効であり、結局被申立人の本件商標権の譲り受けは営業の譲り受けを伴わないことに帰し、これまた無効であり、従つて、被申立人がした本件商標権の登録もその原因を欠くもので無効というべく、被申立人は本件商標権の取得を主張し得ないと判断したこと、また被申立人は篠崎インキから本件商標権の使用権を契約により与えられていたが、かかる契約は商標法第七条第十二条の法意に照らし商標法の精神に違背し無効であると判断したこと、以上の判断の結果として、申立人は本件標章を使用している被申立人に対し本件商標権の専用権にもとずいて、その使用を差し止める権利を有するものであることを一応認定して、これを保全する必要性の疎明があるものとして、申立人主張の如き内容の仮処分を命じたものであることが疎明される。ところで、前記判決に対し被申立人が控訴し、目下控訴審である東京高等裁判所において、申立人主張の如き事件として係属中であることは当事者間に争いのないところであるが、前記判決の叙上判断内容に照せば、右判決は、同控訴審においても、特別の事情のない限り、たやすく取消されるおそれはないものというべきである。被申立人は、右判決は被申立人が本件商標権を取得しない旨の判断をしたけれども、該判断には甚だしい誤認があると主張するが、その理由として述べるところは単に被申立人の一方的な見解に過ぎないものであるから、右の主張はこれを採用しない。また被申立人は、右判決はその他の争点についても誤認を犯していると主張するけれども、その疎明がない。次に被申立人は、仮処分事件は弁論を開いたと否とにかかわらず、当事者の立証は疎明の程度で仮処分の必要の有無を判定すべく、権利の存否について決定的認定をなすべきではない。しかるに、前記判決は僅かの疎明で権利の有無を判断し、本案判決と同様な認定をしたから、違法であると抗争するけれども、前記判決は被保全権利の存在について疎明で暫定的蓋然的な認定をしたにすぎないものであることは前記疎甲第一号証により明らかであるのみならず、仮処分判決においてこのような認定をすることは仮処分命令を発する前提要件として許されるのみでなく、必要であると解すべきであるから、被申立人のこの点に関する主張もまたこれを採用することができない。

次に前記判決は本件商標権が被申立人の権利に属さないことを疎明によつて認定したものであることは前叙のとおりであるから、右判決は本件仮処分の決定にあたつて疎明ありとされた事実すなわち本件商標権が被申立人の権利に属する事実を否定するに至つたものというべきである。

よつて、前記判決の存在は民事訴訟法第七百五十六条により準用される同法第七百四十七条第一項にいわゆる事情の変更に該当するか否かについて判断するに、被申立人は、仮処分の本案裁判所が仮処分債権者敗訴の本案判決を言渡した場合又は該判決が確定した場合においては仮処分の理由消滅若しくは事情の変更といい得るけれども、単に本案訴訟に関連する事件において、他の裁判所が当該仮処分と相反する認定をなした事実を以て当該仮処分の理由消滅若しくは事情の変更となすことはできないと主張するけれども、仮処分命令取消の事由たるいわゆる事情の変更は、本案訴訟において、仮処分債権者敗訴の判決があつて該判決が確定したとき、又は該判決は未だ確定せざるも裁判所の自由な意見で上訴審において取消されるおそれなしと認められるときにこれを肯定し得るのみならず、本件の場合の如く、申立人(仮処分債務者)が申請人となつて被申立人(仮処分債権者)を相手方として本件仮処分により保全される本件商標権が逆に申立人の権利に属することを主張し、その保全のため本件仮処分決定とは逆の内容の仮処分を他の裁判所に申請し、その裁判所が口頭弁論を開いて慎重審理した末、本件商標権が申立人の権利に属することを疎明によつて認定し、申請の趣旨どおりの仮処分判決を言渡し、該判決が上訴審において取消されるおそれがないと認められるときにも、また事情の変更があつたものというべきである。蓋し、いわゆる事情の変更を理由として仮処分命令の取消を認めた法意は、仮処分命令が債権者の申請により疎明にもとずいて被保全権利その他の仮処分の要件の存在を一応認定して発せられる暫定的な処分であるため、命令発付後において被保全権利が消滅したとか、又は被保全権利が当初から存在していなかつたことがその後に判明したとかいうような場合には、もはや仮処分命令を存続させる必要がないものとして債務者の申立によりこれが取消をなし、以て債権者と債務者の双方を公平に保護しようとしたものであるから、当該仮処分の本案訴訟において債権者敗訴の判決があつて該判決が確定したとき、又は該判決は未だ確定せざるも裁判所の自由な意見で上訴審において取消されるおそれなしと認められるときの如く、被保全権利の存在を終局的確定的に否定し又は否定する可能性のあるような強力な事情が現われた場合でなくても、被保全権利の存在を暫定的蓋然的に否定するが如き別の仮処分判決が同一当事者間に言渡され、該判決が上訴審において取消されるおそれなしと認められるときにも、当該仮処分におい一応認定された被保全権利の存在を否定する有力な資料が生じたものとして当該仮処分を取消すべき事情の変更があつたものと認めることが、叙上の法意によく適合するからである。従つて、被申立人の前記主張これを採用しない。

果してそうだとすると、申立人の本件申立は正当であるから、これを認容すべく、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八十九条を、仮執行の宣言につき、同法第百九十六条を各適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 久利馨)

目録

(商標登録番号)  (名称) (指定商品類別)

五二、九九六 ライト       五十一類

五二、九九七  〃         〃

五二、九九八  〃         〃

二一七、七三三  〃         〃

二八六、五一九  〃         〃

三一三、〇五〇  〃         〃

三一五、六三〇  〃         〃

三一七、五八五  〃         〃

三三〇、一五九  〃         〃

三九一、三七六  〃         〃

三九一、三七七  〃         〃

三九一、三七八  〃         〃

三九三、〇八九  〃         〃

四二三、三一八 ライトユートビアゾル 〃

二三四、五九五 サンライト      〃

四一一、四四五 ユニオン       〃

三七九、二四八 ユートビアゾル    〃

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